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【大野裕の言の葉だより】 第33回 『人の話を聞くということ』

2025年06月17日 14:57

 大野裕の言の葉だより 

メールマガジン 「ぬくもっとメール」 vol.34 [2025/6/1 配信]


第33回
『人の話を聞くということ』

前回紹介した『こころが晴れるノート』オンライントークが無事に終わりました。
『こころが晴れるノート』(創元社)は、前回も書いたように、読みやすい認知行動療法の本が欲しいという読者の方の言葉のおかげで、認知行動療法の考え方を詳しく伝えたいという私の思いから距離を取ることができて、作ることができたものです。

私たちは誰も、自分の思いが強いと、その思いに縛られて現実を冷静に見ることが難しくなります。ですから、良いコミュニケーションができるようになるためには、その自分の思いから距離を置いて、相手の思いや考えに気を配ることが大事だということを、私はこの本を作ることで体験的に理解しました。

これは、認知行動療法の治療者が自動思考と呼ばれる患者さん自身の考えに目を向けるアプローチに通じる発想でもあります。
アーロン・ベック先生は、若かったころに精神分析に熱心に取り組んでいました。ある日、自由連想法をしているときのことです。患者さんが性的な内容について語り始めました。

ベック先生は、その患者さんが話しにくそうにしている姿を見て、意気込んで、その葛藤を話題にしようとしました。古典的な精神分析では、性的な欲動の高まりと、その欲動を抑えようとする超自我の働きの間の葛藤の結果、いわゆる精神症状が現れると考えます。ベック先生は、その葛藤が、まさに自分の目の前で起きていると考えて解釈したのです。

ところが、患者さんはポカンとしています。ベック先生は患者さんに、自由連想のときに何を考えていたか尋ねました。すると患者さんは、「先生が退屈しているのではないかと考えていました」と答えたのです。患者さんは、ベック先生の想像とまったく違うことを考えていたのです。

ベック先生は、こうした体験から、治療者が自分の思いに縛られて患者さんの考えを一方的に決めつけるのではなく、患者さんの声をきちんと聞きながら面接を進めていくことが大事だということに気づきました。ベック先生が自動思考に目を向けるきっかけになった出来事のひとつです。


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