【大野裕の言の葉だより】 第5回 『認知行動療法と型破り』
2024年02月12日 21:20
大野裕の言の葉だより
メールマガジン 「ぬくもっとメール」 vol.5 [2024/1/28配信]
第5回
『認知行動療法と型破り』
認知行動療法は構造化された治療法だと言われています。
たしかにその通りなのですが、構造化という言葉が誤解を招きやすいのではないかと、私は考えています。
構造化されていると言われると、型どおりに治療を進めなくてはならないと考えるようになりやすいからです。
実際に認知行動療法の効果の検証のために使われたマニュアルがあると、
そのマニュアル通りに面接を進めるのが認知行動療法だと考える人が出てきたり、
さらには、マニュアル通りに進めないと認知行動療法ではないと考える人さえ出てきたりします。
しかし、それでは本末転倒です。
こころの痛みを感じている人のために、その痛みを軽くして、
その人らしい生活を送れるように手助けするのが認知行動療法であるはずです。
その人のこころの痛みの種類も背景も人それぞれです。
ところが、マニュアル通りに面接を進めようとすると、いつの間にかマニュアルが面接の主役になってしまいます。
そうすると、手助けしているはずの人が脇に追いやられてしまいます。
私は研修会で、「型があるから型破りができる、型がなければ形無しだ」という第18世中村勘三郎さんの言葉をよく紹介します。
勘三郎さんは芸に厳しく、小さい頃からの稽古を通して歌舞伎の基本をしっかりと身につけていました。
しかし、いったん舞台に上がると、その型を踏まえながらも、流れの中で自在に型から離れて
勘三郎さんらしい言い回しや仕草をして、それが舞台に新しい息吹を吹き込んでいました。
認知行動療法でも同じです。基本的な型を身につけておくことが大切なことは言うまでもありません。
しかし、その型に縛られていたのでは、本当に相談に来た人のこころに寄り添った温かい面接をすることはできません。
その人が新しい視点を身につけて自分らしく生きていくのを手助けすることもできません。
型を意識しながら上手に型破りをして面接に温かい息吹きを吹き込むことを、
認知行動療法の臨床家は忘れないようにしてほしいと思います。
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