【大野裕の言の葉だより】 第9回 『何でこんな当たり前の話を・・・」』
2024年04月07日 16:26
大野裕の言の葉だより
メールマガジン 「ぬくもっとメール」 vol.9 [2024/3/25配信]
第9回
『『何でこんな当たり前の話を・・・』
講演でよく紹介する話ですが、認知行動療法は最初から受け入れられたわけではありません。
認知療法・認知行動療法をアーロン・ベック先生が発表したのは、1960年代初頭ですが、
精神医療のなかでほとんど見向きもされない状態が続きました。
学会で発表しても聞いてもらえないばかりか、発表しようとすると会場から出ていく人が多くいたと言います。
それがつらくて、アーロン・ベック先生は、家に帰ってから、妻と娘の前で発表内容を熱心に語っていたそうです。
その娘が、現在Beck Institute of Cognitive Behavior Therapyの所長のJudith Beck先生です。
Judith Beck先生については、昨年5月に日本に来て講演をしたので知っている人も多いでしょう。
その時に彼女から聞いたのですが、当時、彼女は中学1年生でした。
その自分の前で一生懸命話している父親を見て、二つ不思議に思ったことがあるそうです。
ひとつは、学会で発表するようなことをなぜ中学生の自分の前で、こんなに一生懸命話しているのだろうという疑問です。
もうひとつは、なぜお父さんはこんな当たり前のことを学会で発表しているのだろう、という疑問です。
ご存知の方も多いと思いますが、認知行動療法は、「常識の精神療法(心理療法)」と言われます。
私たちが日常生活のなかで使っている工夫を、精神療法(心理療法)として上手にまとめたものだからです。
ですから、中学生だったJudith Beck先生には、ごく当たり前のことを言っているように思えたのです。
でも、彼女は、その疑問を飲み込んで、「お父さん、面白い話だね」と褒めました。
それがAaron Beck先生にはとても嬉しかったようです。
そのことは、私が知り合ってから何回か、晩年になってからも、
Aaron Beck先生が、このエピソードを楽しそうに話していたことからわかります。
これは、認知行動療法のなかで認められることで、相談している人がエンパワーされるメカニズムと同じです。
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