ぬくもっとCBT|CBTぬくもりと情報のポータルサイト

【大野裕の言の葉だより】 第10回『認知行動療法はツールボックスではない』

2024年05月06日 12:54

 大野裕の言の葉だより 

メールマガジン 「ぬくもっとメール」 vol.10 [2024/4/7配信]


第10回

『認知行動療法はツールボックスではない』


前回は、アーロン・ベック先生が不遇時代、
学会から帰ってきて、自宅で妻と娘に自分の発表を熱心に語っていたというエピソードを紹介しました。
その時、中学1年生だったジュディス・ベック先生は、
「なぜお父さんはこんな当たり前のことを学会で発表しているのだろう」と考えながら、父親の話に耳を傾けていたと書きました。

「常識の精神療法(心理療法)」と言われる認知行動療法の本質を、ジュディス・ベック先生は、感じ取っていたのです。
例えば、体験すれば自然に考えが変わることだとか、やってみなければどうなるかわからないことだとか、私たちが日常生活のなかで身につけた知恵を認知行動療法では使っています。

ところが、治療マニュアルがあったり、週間活動記録表やコラムと呼ばれる思考記録表などの治療ツールがあったりすると、治療者は、マニュアル通りに面接を進めないといけないと考えたり、思考記録表にきちんと記入できるようにさせないといけないと考えてしまいます。
その結果、マニュアルや思考記録表に目が向いてしまい、相談に来ている人に目が向かなくなります。

アーロン・ベック先生と接していて感じたのは、人間に対する関心、興味です。
その人が何に困っているのか、それを乗り越えるためにどのような力を持っているのか、
その力を発揮できないのはどのような理由からなのかを考えながら、面接を進めていました。
その人の人となりに強い人間的な興味を持っていたのです。

認知行動療法でこうした人間的な興味を大切にするのは、相談に来ている人の人生がその人のものだからです。
その人らしく生きるために、その人の力を最大限発揮できるように手助けしていくのが認知行動療法です。
だからこそ、アーロン・ベック先生は、「認知行動療法はツールボックスではない」と言ったのだと、私は考えています。


バックナンバー(大野裕の言の葉だより)


--

トップページに戻る
--