【大野裕の言の葉だより】 第3回 『過去のCT-R体験を思い出す』
2024年01月14日 22:18
大野裕の言の葉だより
メールマガジン 「ぬくもっとメール」 vol.3 [2023/12/27配信]
第3回
『過去のCT-R体験を思い出す』
前回紹介したワークショップで、私は、「今までの臨床の中でCT-Rをどのように使っていたか」を思い出してほしいと参加者に呼びかけました。
それに続いて、私自身の体験について話をしました。
それは、ずいぶん前、私がまだ慶應大学病院に勤務していた頃の話です。
当直をしていたときに、がんの治療を受けている人が痛みで苦しんでいるので話を聞いてほしいという依頼がありました。
胸水が溜まって肺を圧迫するために胸膜癒着術という処置を行った50歳代の男性です。
胸膜癒着術というのは、胸水がたまる部分にわざと炎症を起こして肺や膜を癒着させて液体のたまるスペースをつぶしてしまう治療です。
病室に行くと、その人は激しい痛みを訴えていました。
私はそばに座って、その人の訴えに耳を傾けました。
その人は、痛みを訴えながら、ぽつりぽつりと自分の人生について語ります。
その人はこれまで仕事一筋に生きてきました。定年になったら妻や家族と一緒に楽しもうと考えていたことがあったそうです。
でも、定年前にがんにかかってそれがかなわなくなったと言います。
私は、どのように答えれば良いかわからず、ただ黙って耳を傾けていました。
20分か30分経った頃でしょうか。
苦しそうにしていたその人は、ぽつりと、子どもが小さかった頃にキャッチボールをした話をします。
そして、いくつか、家族と一緒に体験した楽しい時間の話をしました。
それとともに表情が少しずつやわらぎ、最後に、「もう大丈夫です。このまま眠れそうです。」と言いました。
私は、穏やかな空気が流れ始めた病室を後にしました。
しばらくしてその人は亡くなりましたが、私は、ご家族から感謝の言葉をいただきました。
今になって振り返ってみると、じっと耳を傾けたことで、自分は無力で孤独だという思いに変化が起こり、
家族と大切な時間を過ごすという夢、つまりアスピレーションが意識にのぼってきたのだと思います。
このとき、CT-Rの適応モードとアスピレーションの体験、
そして認知行動療法の認知の修正のアプローチを意識しないで使えていたのだと考えて、ワークショップで紹介しました。
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